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2010年10月25日 (月)

新潟県が東京都より人口が多い時代があった!

先日、私の母校、新潟大学の全学同窓会広報紙「雪華」が届きました。

今回の特集は、医学部の前身である「旭町キャンパス137年の歩み」でした。

○明治から大正にかけて

 明治新政府は、新潟の開港に伴い英語力を重視し、また、明治5年の「学制」の施行に基づき、明治8年に巨費を投じ、官立新潟英語学校と官立師範学校の洋風校舎を建設し、教育を開始しました。明治10年に、政府の方針変更に伴い、両校は廃校。しかし、施設や生徒は県立新潟学校に引き継がれ、旭町地区に高等教育が根付く嚆矢となりました。当時の新潟町の人口は3万人余り。

 ~中略~

 明治23年、県立尋常師範学校(旧県立新潟学校)は火災により校舎を失い、(前述の)練兵所跡地に新たな校舎を建設し、明治26年に移転しました。

 当時の新潟県の人口は171万人。東京都より多く、日本で最も人口の多い県で、それなりの財政力がありました。

何気なく読んでいたら、驚きの事実がsign03

新潟県が東京より人口が時期があったなんて!信じられませ~ん(@_@)

こういう恵まれた環境が現在までの新潟県の県民性を形作る素地になっているのかもしれません。

やっぱり・・・「杉と男が育たない」につながるのだろうか。。。

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コメント

実は、せきかわさんと同じ大学出身です。
(経済学部ですが…)

栃木のきくりんや山形の全国大会実行委員長も同窓とのこと。

五十嵐キャンパス懐かしいな~。
学生時代は、五十嵐一の町のマシーの店の近くに住んでました。

古町とか、弥彦とか、また行きたいです。


投稿: A | 2010年10月25日 (月) 11時48分

Aさん、コメントありがとうございました。

出身大学が同じなのは知っていましたよ!!
全青司でも何人かいらっしゃるのですね~。

そう!夏に大学に講義に行ってきたら、一瞬入り口がわかりませんでしたsweat01学生の頃は駅から歩いてたけど、今は車だし!駅に近い方になにやら建物が建ってたし!
変わっていてびっくり。校舎内もキレイになってましたよshine

「マシーの店」という単語がすご~く懐かしさを誘います。

古町は、大和と北光社が閉店しました。。。
ちょっと寂しくなっていますけど、機会があったら遊びに来て下さいsign03

投稿: せきかわ | 2010年10月25日 (月) 16時20分

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