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2011年8月10日 (水)

参加しようという思いを続けてもらうこと

先日のファシリテーション講座を受けた後に、考えたことがありました。

ファシリテーション講座のチラシに「会議や話し合いを円滑にスムーズに進行・・・」と書いてあるように、この講座の開催目的の一つには会議で困っているという要望に応えるということがあると考えます。

講師からの解説で、「会議に参加した実感するのは発言できた時」であるとのことでした。

つまり、参加者に発言してもらうように工夫するのがファシリテーター型リーダーの力量ということですね。で、この講座ではそのスキルを磨くと。

では発言しないのはなぜか?・・・グループワークの中でのご意見は

・自分がいなくても話し合いが進んでいる→発言しても取り上げられないし

・自分なんて、とても発言できるような立場じゃないし

・議論の内容についていってないし

つまり、あきらめモードdown

その時、ハタとADRのメーリングリストや会議で意見が出ないのもこういうことなのかもしれないと思ったのです。

それとともに、せっかくADRの勉強を始めてもらっても意欲が続かないのは、参加してもらっている人に活躍の場・仕事の場が提供できていないからということも大いに関係あるのではないかな?

6月の全青司フォローアップでも習ったギブの”受容懸念”が払拭されていないともいえるのでしょう。

では、どうやって他の方に受容懸念を払拭してもらい、ADRの活動の意欲を持ち続けてもらったらいいか?を考えています。

一つには、鈴木有香先生のトレーニングのあとに、調停人名簿に載っている方に集まってもらい、ワールドカフェ形式で、例えば、「ADR案件を紹介してもらうためにどうしたらいいか?」などについて考える機会を持ちたいです。

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ADRの実践」カテゴリの記事

コメント

> では発言しないのはなぜか?

これは、とても根の深い問題だと思います。
私の意見は、
・議論したことがない
・どのように議論したらいいかわからない
からだと思います。
日本の教育は、戦後、欧米をまねること、
つまり欧米が「答え」でそれを「覚える」ことでした。
ですから、議論をする必要がない。
「覚える」教育は20世紀の工業化の時代では
実によく機能しました。
そして成功体験故、今もその教育が続いています。

一方で、アメリカやヨーロッパ(特に北欧)の
教育では「議論」が中心になっています。
1990年頃、フィンランドやデンマークでは、
教育方針をがらっと変えました。
それまでの教え込む「teach」から
議論を促す「facilitate」に。
ですから、いわゆる「先生」は「ファシリーテーター」です。
ユダヤ人は全員の意見が一致した案は、
廃案や保留になります。
議論がないとそれよりいい案に気づかないですし、
その案の間違いにも気づかないからです。
ちなみにユダヤ人のノーベル賞受賞者数の人口比率は
世界一です。
「ユダヤ人 ノーベル賞」でググると驚かれるでしょう。

21世紀の今は、既成概念がどんどん通用しなくなる
「答え」のない時代です。
自分で答えを作らなければならない。
北欧では小国にかかわらず世界的な企業が実は多いです。
ネスレ、ノキア、レゴなどなど。
1995年以降、日本のGDPや国民の収入は
横ばいまたは下降しています。
300兆円も経済政策を打っているのに。
一方で、アメリカやヨーロッパでは、
実は堅調に伸ばしています。収入については、
欧米では、20年で2倍程度になっています。
日本だけが取り残されいる事実すら、
多くの日本人はご存じないでしょう。
私も最近まで知りませんでした。

日本では、政治家や官僚、はては国民が
議論する力を持たない、新しい発想力を持てないため、
このような状況を招いているのだと思います。
根本は日本の教育にあると思います。
私もそのような教育を受けてきました。
そして、司法書士試験も「覚える」ことが
中心の試験です。

かなり脱線して、そして長くなってしまいましたが、
私が最近、思っていることが話題に出ていましたので、
書かさせていただきました。
失礼しました。

投稿: かわさき | 2011年8月14日 (日) 06時52分

かわさきさん、詳細かつ貴重なコメントありがとうございました。

議論の仕方がわからない、というのは確かに肯首できますね。

日本でメディエーションが普及しないのは、その辺りの理由もあるのではないかと考えています。
そのため、すぐには事件数が増えない。しかし、かわさきさんがおっしゃるようにこれからの時代は、各自が答えを考える時代であるとともに他民族国家と言わないまでも多様な価値観を持つ人がそれを主張していくことが増えるでしょうから、その対応も求められるでしょう。

個人的には、今はメディエーションの勉強会などを通して対話のレッスンを広げていく時期なのかなと思っています。(大河の一滴にしかなっておりませんが)

誠に小さな活動ですが、続けていく勇気が出ましたよsign03

投稿: せきかわ | 2011年8月15日 (月) 11時02分

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