合理的無知
前回の記事について、尊敬するファシリテーターさんから非常に勉強になるコメントを頂きました。
ケースカンファレンスにおいて「見える化」がされていないことについて、改善できればと書いたことに関してです。
議論の見える化の効用を経験して知っている人が、経験していない人にたとえば、ホワイトボード等を使って議論を描くことを推進したいが、それがなかなか認められないのは
合理的無知が背景にあるからではないか?というご指摘でした。
合理的無知・・・知らなかったので、検索すると
現代社会に生きる私たちは,政治・経済分野に多くの知識と理解を求められます.
ところが,自発的にわざわざ時間を割いて,これらの事柄を勉強しても,選挙で行使出来るのは一票にしかならず,中身よりも知名度の高い候補が当選します.
これでは,せっかく休みの時間を政治経済の勉強に使う意味がない,ミシュランのガイドブックでおいしいレストランを探すことに時間を使う方が合理的だと考えて,難しい勉強はやめて無知であることを選択します.
これを政治経済学では“合理的無知”と言い,大衆が選択する行為だそうです.
大衆とは,専門知識の無い人達のことだと思いがちです.
しかし,スペインの哲学者オルテガは,専門家こそ最もやっかいな大衆だと言っています.なぜなら,自分たちは狭い専門知識しかないのに,専門以外の広大な領域についても,知者のように傲慢(ごうまん)に振る舞うからだと.
検索してトップに出た「日本医師会」H.23..2.5の記事です。
う~ん、納得
士業や”先生”と呼ばれる方たちが、ホワイトボード・ミーティグなんかを敢えてやろうとしないことの理由の一端が見えた気がします。
もしかして、司法書士でメディエーションを毛嫌いする人の心理ってコレですか
確かにメディエーションのスキル習得には、ものすごく手間暇がかかる上に(いまのところ)費用対効果が見えにくいのも事実です。<関川調べ>
そして、えいっ!と飛び込んだ人が想像する以上に、飛び込めない人の心理的ハードルは高いのでしょうね。
そこをどう下げるか、というのが次の問題です
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