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2015年9月11日 (金)

「正しいこと」には別の「正しいこと」が返ってくる

昨日の朝日新聞の記事中、編集委員の稲垣えみ子氏のコラムに心を動かされました。

稲垣えみ子氏は、今般、朝日新聞を退社されるとのことで、これが最後のコラムになるようです。

退社にあたっての気持ちを率直に書いていらっしゃいます。

その中で特に気になった部分をご紹介

このコラムの中で「自分のことを書いた」ことに対し、読者の方から多くのメールや手紙が来たのだそうです。

以下転載

28年間の記者生活でこれほどの反響を頂いたことはありません。

一体なぜなのか。

もしかして、私はマスコミにいながらコミュニケーションをしてこなかったのかもしれない。

新聞とは正しいことをキチンと書いて伝えるものだと思ってきました。でもそうしてがんばって書いた記事の反響は驚くほど少なかったのです。

わずかな反響は苦情と訂正要求。

「正しいこと」には別の「正しいこと」が返ってくる。

これは果たしてコミュニケーションだったのか。

転載終わり

あぁ、似たような経験あるな~と思いました。

自分(だけ)の立場にたつ主義・主張を声高に言ったところで、反応は薄い。。。

レビン先生から聞いたときに衝撃を受けた言葉も思い出しました。

「正義の反対は、悪ではなく、また別の正義だ」

稲垣えみ子氏は以下のように述べていらっしゃいます。

自分のこととして世の中を見たこの1年、痛感したのは何が正しいかなんてわからないということです。皆その中を悩みながら生きている。

だから苦しさを共有するコミュニケーションが必要なのです。

なのに分からないのに分かったような図式に当てはめて、もっともらしい記事を書いてこなかったか。

不完全でいい、肝心なのは心底悩み苦しむことではなかったか。

紛争解決にメディエーションを使いたいと思うのは、正にこういうことだよなと感じます。

紛争の渦中にいる当事者は苦しいのです。

どうしても解決をつける手続(裁判)も、もちろん大事です。

が、なんでもかんでも四角四面に法律の要件に当てはめて、法律が予定している範疇でのみ解決するのではなく、当事者と一緒に第3、第4の道も探りたいなあと思います。

そんなことができるメディエーターにはまだまだほど遠い私ですが、あきらめずにこれからも精進しなくては!

どうやったら、よりよいメディエーターに近づけるのか?がまだ分かっていないけどsweat01

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