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2020年9月24日 (木)

第二東京弁護士会仲裁センター 30周年記念シンポジウム

少し前のことになりますが9月11日に開催された

全国弁護士会ADRセンター連絡協議会

第二東京弁護士会仲裁センター 30周年記念シンポジウム

~これまでのADR、これからのADR~利用されるADRとなるためには

をZoom視聴いたしました。

大変興味深いご発言が続き、参加してよかったです😃

特に印象深かったことは、発表側の先生方の多くが、口を揃えて二弁仲裁センターの設立者である故原後山治先生のマインドと言葉を引用されていたことでした。

私は原後先生は存じ上げずにおりましたが、生前にお目にかかりたかった💧💧

と残念に思いました。

あと、二弁仲裁センターが、設立当初から「3つのパッション」を目標して掲げていることも知りませんでした。

1.少額紛争の解決
2.民事訴訟・民事調停の改革・改善
3.「相談から仲裁へ」「相談から解決へ」

そして、当日の斉藤睦男先生の資料にありました「原後先生のことば」には大変感銘を受けました。

・訴訟は人間に対する不信の制度

・ADRは人間に対する信頼の制度

・訴訟では、えてして、強い人・悪い人が証拠を持ち、弱い人・良い人は法律と証拠に阻まれて不利な立場に置かれる。裁判所は救うべき者をなかなか救うことができない。これに対して仲裁(ADR)の判断基準は《善と衡平》である。強行法規に反しない限り、かなりの限度まで実情に合致した判断を下すことが許される。

こうした原後先生のことばに加えて、原後先生のマインドも活動に影響を与えていたようで、それに賛同する先生方を中心に活動を活発化されてきた歴史があったことも初めて知りました。

・自由で多様な議論の形成

・トライアンドエラーを繰り返す

・斡旋人によるフライングとその制度化

ADRの活動の先頭を切ってこられた二弁仲裁センターは、多くの同職から尊敬を集める方が旗振り役となり、同時に精神的支柱ともなっていらっしゃったのだあと思う一方、司法書士会をはじめとするいわゆる隣接士業はADR法の制定を発端として、その流れに乗り遅れるな、もしくは職域確保に近い動機で活動を開始したのではないか思われること(注意:あくまで関川の見解であり、連合会の考えとは異なります)とは大きな違いを感じました。

なお、同職から尊敬を集める先生が中心になっている点では、愛知県弁護士会も同様ですね。

こういう背景があり、東日本大震災や熊本地震での震災ADRも成功し、オンライン調停も選択肢として貴重なものであれば、やってみて改善するとの考えで既に実践されているんだなあと納得しました。

一方、現在の活動を担っている先生方には、パッションの継承ができているか?との不安もあるようですが、私から見れば、農端先生もセンター長の坂井先生も十分継承されていらっしゃいます❗❗

この研修会で多くの刺激をもらいましたので、私も地元のセンターで「まずはやってみないとわからない」と言ってくれる仲間たちと細々でも継続して活動していきたいな!と決意を新たにいたしました。

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